OECC技術・広報部会では、若手職員の育成と会員間のネットワーク強化を目的に、海外環境調査ミッションを実施しています。令和7年度は、アジアにおける気候変動対策の先進事例を学ぶべく、タイ・バンコクを訪問しました。5月25日から31日までの1週間、政府機関や国際機関、研究機関、都市行政、さらに現地の環境関連施設を訪れ、活発に意見交換や現場視察を行いました。今回のミッションには、OECC会員企業や研究者、事務局職員を含む約12名が参加しました。訪問先では、日本との連携の具体的な可能性や、今後の国際協力のあり方について多角的に議論し、OECCとしての活動の裾野を広げる有意義な機会となりました。
<概要スケジュール>
05/25(日) |
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05/26(月) |
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05/27(火) |
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05/28(水) |
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05/29(木) |
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05/30(金) |
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05/31(土) |
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タイ天然資源環境省 環境気候変動局(DCCE)
DCCEは2023年に設立された新しい組織で、タイにおける気候変動政策を一元的に担っています。NDC(国別削減目標)の進捗管理、NAP(国家適応計画)の策定と実施、国際交渉、インベントリ整備、自治体向け支援など、多岐にわたる役割を果たしています。
今回の意見交換では、まず担当官から気候変動法案の現状が紹介されました。同法案には、排出量取引制度(ETS)やカーボン税の導入、さらに「気候変動基金」の創設が含まれており、閣議承認に向けた調整が大詰めを迎えているとの説明でした。参加者は、制度導入に伴う産業界・市民への影響や、自治体での実行体制について質問し、DCCE担当官は「段階的導入と透明性確保が不可欠」と答えました。
また、DCCEからは地方自治体向けに整備している「気候リスクマップ」についても紹介いただきました。洪水、干ばつ、熱波など地域ごとに異なるリスクを可視化し、地方行動計画の策定を支援する仕組みであり、日本の自治体の防災計画と比較する議論も行いました。
さらに、DCCEはゼロエミッションに向けた重点技術としてCCUS(炭素回収・利用・貯留)、再生可能エネルギー導入、EV普及の現状と課題を共有され、参加者は「地域に根差した適応策と産業政策をどう統合するかが重要」と意見を述べました。

地球環境戦略研究機関(IGES)バンコク事務所
IGESバンコクセンターは、アジア太平洋地域を対象に持続可能な政策形成を支援している拠点であり、国際交渉支援やデータ提供を行っています。特にUNFCCCと協働してRCC-AP(Regional Collaboration Centre for Asia-Pacific)を運営し、40か国以上の途上国に対してNDC支援や炭素市場整備をサポートしています。
今回の訪問では、IGES職員がASEAN域内における政策調和の難しさを強調されていたのが印象的でした。廃棄物政策一つをとっても、既に拡大生産者責任(EPR)を導入している国がある一方で、まだ検討段階の国も多く、足並みを揃えることは容易ではありません。議論では、日本の自治体の経験(廃棄物分別・リサイクル推進)が、ASEAN各国の「段階的な導入」に資するとの指摘がありました。
また、IGES職員は適応分野における資金アクセスの難しさも取り上げていました。GCF(緑の気候基金)などに提案しても採択されないケースが多い理由として「人材不足」「行政の内部調整の不十分さ」「外部コンサルへの依存度の高さ」などを挙げ、参加者も「提案書づくりの人材育成をいかに継続させるか」が重要といった意見があり、お互い課題を認識しました。

バンコク都庁(BMA)
バンコク都庁は、2050年ネットゼロを目標に、交通、廃棄物、エネルギー、都市緑化など多角的な施策を進めています。今回の訪問では、職員が廃棄物分別制度(PAYT)の導入に関する詳細を共有しました。これは家庭や事業者が排出量に応じて料金を支払う制度で、市民の行動変容を促す経済的仕組みとして注目されています。
さらに、BMA職員からは深刻化するPM2.5問題への対応として、70か所のモニタリングステーションによるリアルタイム監視と、専用アプリ「AirBKK」を活用した市民への警告システムが紹介されました。参加者は「日本の自治体でも市民向け通知は課題。どのように市民の信頼を得ているのか」と質問し、BMA担当者からは「透明性あるデータ公開とSNS連携が鍵」と答えがありました。廃棄物処理やリサイクルについても、レストランからの食品廃棄を再利用する取り組みや、電池廃棄にポイントを付与するアプリの仕組みなど、ユニークな施策を紹介しました。

BMAの取組み現地視察① Benchakitti森林公園
バンコク中心部に位置するBenchakitti森林公園は、かつてタイたばこ公社の跡地を再開発して整備された都市公園で、24ヘクタールの広大な敷地に人工池や湿地、水路が配置されています。視察では、パークレンジャーである担当者からパノラマ模型を使い、雨水調整・浄化機能を備えた多層的な水循環システムの解説がありました。同システムはゲリラ豪雨による洪水リスクを軽減しつつ、在来植物や野鳥を含む多様な生態系を育んでおり、都市型グリーンインフラの先進事例として国内外から高く評価されています。
参加者は、バギーに乗り園内を巡回しながら、都市再開発と自然再生を両立させるデザイン思想や、住民参加型の生物多様性モニタリング(eBirdアプリの活用)について説明を受けました。日本では見たことがないカラフルな鳥類の姿も多く見ることができ、生態系が息づいていることを実感しました。将来的に、公園にホタルを呼び戻したいとパークレンジャーが熱く語っていたことも大変印象的でした。

BMAの取組み現地視察② Nong Khaem廃棄物処理場
バンコク西部に位置するNong Khaem廃棄物処理場は、市内最大規模の廃棄物処理拠点で、焼却施設、たい肥化施設、感染性廃棄物処理施設、衛生埋立地などを集約しています。視察では、施設職員からが既に稼働中の焼却炉(処理能力300トン/日)や、2026年に稼働予定の大規模焼却施設(1,000トン/日)の計画を説明がありました。特に注目されたのが、ドイツ製の膜生物反応器(MBR)と逆浸透膜を用いた浸出水処理施設です。1日約700m³の処理能力を持ち、廃棄物から発生する高濃度有機汚水を再利用可能な水に浄化し、場内の清掃や緑地散水に活用していました。参加者は「高度な処理技術が地域住民の理解を得る上でも重要」と意見を述べました。

BMAの取組み現地視察③ Bang Khun Thien地区(マングローブ植林事業)
バンコクで唯一海に面するBang Khun Thien地区は、過去数十年間で海岸線が4〜6km後退するなど、深刻な海岸侵食に直面しています。視察では、まず資料館で担当者から地域の歴史と環境変遷の説明を受け、その後参加者はボートに乗って現場を巡りました。海岸沿いには竹製の波消し堤防が整然と設置され、背後の干潟では色々なサイズのマングローブ苗が順調に育っていました。これにより土砂の堆積が進み、沿岸生態系の再生につながっています。
参加者は、かつて人が暮らしていた集落が今や海中に沈んでいる現場も目にし、気候変動と人間活動が及ぼす影響の大きさを強く実感しました。地元住民や学校、NGOも植林活動に参加しており、行政主導の構造物整備と地域参加型の自然再生を組み合わせた「ハイブリッド型沿岸防災モデル」として国際的に注目を集めています。

本調査ミッションの訪問先は多岐にわたり、タイにおける気候変動対策の先進事例を幅広く学ぶことができました。 後半レポートでは、現地の国際機関や民間企業の取組み、さらなる現場視察の様子をお届けします。どうぞご期待ください。
フォトギャラリー
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